2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

ウェブページ

無料ブログはココログ

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

2012年3月21日 (水)

世界は日本をどう見ているかー自虐史観の洗脳が解ける8分の魔法

2012年3月18日 (日)

侵略の為の軍事力 VS 平和の為の軍事力  ― 危険なのはどっち?

侵略の為の軍事力に対抗できるのは、平和を維持するための軍事力です。

中国は、第二次大戦後も、武力によって他国を侵略して、国土を広げ続け、
未だ侵略を国是とする覇権主義国家です。

このような国が持つ軍事力の意味とは、まさに、侵略の為の軍事力であります。

拳銃をちらつかせて(時に発砲して)略奪、人権蹂躙を行う暴力団から、市民を守るには、
武装した警察が必要なように、覇権主義国家から、国家の主権を守るためには、
抑止力となりうるだけの軍事力が必要なのです。

拳銃を怖がるばかりに、「警察の拳銃も取り上げるべきだ」としたなら、
そこに現れるのは平和ではなく、暴力団やならず者が我がモノ顔で跋扈する不法地帯です。

道具には、善も悪もありません。
包丁を使う人が、人殺しの為に使ったなら、それは、悪の道具となり、
料理をするために使ったなら、それは、人を幸福にするための便利な道具となるように、
使う人の目的によって、善の道具にも、悪の道具にもなりうるのです。

問題は、軍事力という道具を
行使する側の、目的にあるのです。

今の日本で、軍事力で他国を侵略しようと考えて、
そのような主張をして、政治家になっている人が、いるでしょうか。

一人もいません。

一方、中国の政治家は、堂々と、そう宣言しています。
主張だけではなく、実行もしています。
そうしなければ、失脚させられるのが、中国の現体制です。

私はかねてから、不思議でならないのですが、
日本の反戦平和、自衛隊反対を叫ぶ、左翼活動家の方々は、
なぜ、この中国の、軍事力・核開発には、口を閉ざしているのでしょうか。

戦後の日本の平和を支えてきたのは、憲法9条ではありません。
日米安保と、アメリカの核の傘です。

これがあったから、どこの国からも侵略されることなく、
今日まで平和を享受できたのです。

中国は、以前より、日本をチベットのように統治するという長期戦略を描いていました。

当然、日本人の人権が保障されるはずありません。

しかし、この計画にとって、最も邪魔になるのが、日米同盟です。

近年、中国は、軍事力の増強に伴い、尖閣の領有を小声で囁き始めていましたが、
日米同盟が不安定だと見て取ると、とたんに、尖閣の領有を大声で主張し、
沖縄の領有をもプロパガンダし始めました。

戦後、日本は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意」」(憲法前文より)
しましたが、その前提はとっくに崩れています。

我が国の周辺諸国は、平和を愛する国でもなければ、公正と信義のある国でもありません。
従って、諸国に信頼して安全と生存を保持しようと決意したけれど、
信頼出来ない状況なので、この憲法は変えなくてはならない。
というのが、この憲法前文の正しい解釈ではないでしょうか。

日本が憲法9条体制の様な国に囲まれているのなら、軍隊は必要ないかもしれません。
しかし、現状は違います。

周辺諸国の野心に拍車をかけ、侵略意欲を引き出すような憲法9条を改正し、

「国民の生命・安全・財産を守るため、
陸軍・海軍・空軍よりなる防衛軍を組織する」

ことこそ、正義と秩序を基調とする国際平和を実現することを強く願う我が国が、
平和と独立を守り、国の安全を保つために、どうしてもしなくてはならない、
国としての責務であるのではないでしょうか。

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

他のアカウント

ツイッター

最近のトラックバック